宍戸は少し悩んでから、大好きなしょうが焼き定食に決めて、セルフサービスの行列に
並んでいると、突然、会話しながら入ってきた二年生二人組がぶつかってきた。
サッカー部に所属している男子生徒達で、二人とも宍戸より一回りも体格が大きい。
いきおいで押し飛ばされる宍戸だったが、後ろにいた鳳がしっかり受け止めていた。
「危ね〜なぁ、お前ら。気をつけろよ! 」
宍戸がどなると、二年生達は「すみません」と言いつつ、やや不満顔で視線を向けてきた。
しかし、次の瞬間、宍戸の背後に立っている鳳の存在に気がついて、二人とも真っ青な
顔をして慌て始めた。
「うわ〜鳳……。あ、宍戸先輩。俺たち、昼飯おごります。席に座っていて良いですから。
そこまでちゃんと運びますよ…… 」
ペコペコと頭を下げながら、やたら低姿勢の二人組みは、宍戸達にお詫びに昼飯を
おごってくれると言う。
しょうが焼き定食と味噌汁、さらにご飯は大盛りにし、日本茶を新しく入れなおし、
食後には自分達のおごりだと言い、デザートのプリンまで運んできた。
「やたら礼儀正しい奴らだったな 」
「そうですね。宍戸さんも怪我が無くて何よりです 」
宍戸は礼儀正しい後輩達くらいにしか思わなかった。
だが、真相はこうだった。
二人は、宍戸の背後で静かに微笑む鳳を見たのだった。
しかし、彼の目は、決して笑ってはいなかった。
氷点下の南極で発生したブリザードのような冷たい視線で二人をじっと見つめていた。
さらに、鳳の口の動きは……。
声には出していないが、明らかに。
こ・ろ・す・ぞ
と、形を作っていた。
もし、宍戸が怪我でもしていたら、鳳に何をされるかわからなかっただろう。
この時の二人組みは、今でもそう信じている。
鳳は人当たりが良く、いつもにこやかに微笑んでいる。
だが、それは一部の人間達には《 悪魔の微笑み 》 として恐れられていた。
「やっぱり美味いな〜ココのしょうが焼き定食。俺、好きなんだよな 」
「そうですか? 良かったですね 」
無心にご飯と肉を頬張る宍戸を見ながら、鳳は幸せを噛みしめていた。
宍戸の喜んでいる顔を見るのが、鳳長太郎の生きがいだった。
そして、宍戸の隣に座り、空いた湯のみにお茶を注いだり、お替りのご飯をよそったり、
宍戸の口の端についたご飯粒を取ってあげたり、ソースで汚れた口元をナプキンで拭いて
あげたり、楽しそうに世話を焼く鳳だった。
周りの席に座っている生徒達は見て見ぬふりをしているし、一部の女子生徒達は
クスクスと耳打ちしては笑っていた。
しかし、当事者の鳳は全く気にしていなかったし、宍戸は気づいてさえいなかった。
有名な《 宍戸の忠犬 》の作業を邪魔する者は、どこにもいない。
学年の違う鳳は、当然、授業中は穴戸とは別行動である。
会えるとしても放課後の部活中だけ。
でも、テニス部の過酷な練習中に、話をゆっくりする余裕などは無い。
それに、宍戸は何よりも、テニスが好きなのだ。
そんな宍戸を邪魔するような鳳ではなかった。
だから、多少無理をしても、自分できっかけを作らないと宍戸と一緒に過ごす時間は作れない。
自分でも強引だと思うが、この昼の場所取りを止める気は無かった。
もし邪魔するヤツがいたら、自分の全能力を駆使して打ち勝つ自信がある。
宍戸以外の人間にどう思われようと、鳳には知った事では無いのだ。
ワンコはいつでも飼い主に尽くし、その幸せだけを祈っているのである。
飼い主の喜びが、ワンコのただ一つの願いなのだから。
<第1話 了>
次回予告:日吉若は次期部長と言われるほど優秀な男だった。
その彼がテニスの試合で命の危険にさらされる?!
ダーク鳳の魔の手(?)が日吉に迫る・・・そんな感じのお話。

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